前述のように、1976年の初詣は京福福井であった。正しくこの情景は南海電車が引越したような感動を覚えた。左手の元南海モハ1201形の中で戦災復旧車と呼ばれた下降窓式の電車ではあるが、塗装を明るく塗り替えると意外に見栄えがよくなるものである。但し、この時驚いたのは、従来三国芦原線用と言われたモハ2001形が堂々と越前本線に登場していたことである。とにかくこの時の勝山での情景は、益々南海のどこぞの支線である?と言う感慨に浸った。勝山は現在では恐竜の化石で有名だそうだが、この当時はその様なお話は無かったようである。