使用カメラはセミ版のコニカ・パールⅢなので二重撮影防止装置が無いのにもかかわらず、欲張ってもう一枚撮影をしてしまった。寒さの為あちこちからシャッターが凍り付いて落ちなかった!と言う悲鳴が聞えたが、レンズシャッターは比較的低温には強いものである…と感心したが、多少シャッター速度は低下していたようである。シャッターが落ちなかった!と言っていた人に聞くと一眼レフのアサペン辺りがやられた様で、ニコンFなどの高級品は大丈夫だったようである。以後この時の経験から、極寒地での撮影には、ヘタなフォーカル・プレーンシャッターのカメラは用いない事にしている。但し、せいぜい気温が-20℃程度までのハナシで-40℃などという冬の中国や旧ソ連などには未だ行った事がない。彼の地の機関車は小生の好みではないからである。
 さてさて手前の木の枝が邪魔と言えばそうであるが、自分自身は気に入った写真である。この写真は東ドイツの鉄道誌「モデル・アイゼンバーナー」の1979年発行のいずれかに掲載された事がある。小生の友人にこの写真を差し上げた所、投稿したらしい。彼は他にも日本のファンと交流があり、この場所で撮影した写真を数枚所蔵していたが、それらの中からこの写真が選ばれた様である。掲載誌をよこせ!とゴネて見たが、かの社会主義国では、この様な雑誌を追加して入手するのは極めて困難なのであきらめる事にした。ましてや著作権に関する国際協定などというシロモノは日本と東ドイツでは結ばれていなかった様なので仕方が無い。
 また最近の「国鉄時代」誌を見ると、この時同じ場所で撮影された方の写真が掲載されていた。